分 類:大名狂言 準大名物
登場人物:武悪(シテ)、主人、太郎冠者
あらすじ
このところ病気で出勤しない武悪に対して主人の怒りは募るばかり。
今日こそは太郎冠者に言いつけて、武悪を成敗させようとします。
太郎冠者は主人を説得しますが、刀で脅され、しぶしぶ
引き受けさせられます。
実は武悪は元気なのですが、人には言えない理由で欠勤していたのです。
主人の命を受けた以上、太郎冠者は武悪を斬らなくてははいけません。
そこで武悪を誘い出し、池に突き落としてだまし討ちにしようとします。
しかし太郎冠者には親友である武悪を斬る事ができません。
太郎冠者は武悪の命を助け、主人には殺したと嘘の報告をします。
それを聞いて主人は大いに喜び、清水寺へ遊びに出かけます。
ちょうどその頃、命が助かったのも普段から信仰する
清水の観世音のおかげと思った武悪は、今一度、清水へ参詣して
遠くの国へ旅立とうとします。ところがその途中で
主人とばったりであってしまいました。
さあ、大変です。主人は執拗に武悪を探します。
太郎冠者がなんとか押しとどめ、本当に武悪かどうかを
太郎冠者が調べに行く事になりました。
太郎冠者は武悪を見つけ、「ここは埋葬地だから
幽霊の格好をして主人と会え」と言います。
武悪は幽霊の格好をして主人の前に現れます。
臆病な主人は本物の武悪の幽霊と思い、
あの世の様子を尋ねたりしますが、
なくなった自分の父親の話を聞いて泣き出します。
武悪は「お供してあの世へ連れてかえってこいと命令されました」
と言って主人に近づきますが、主人は怖がって逃げてゆきます。
みどころ
狂言とは思えない重苦しい雰囲気に最初から包まれます。
笑いどころはまったくなく、恐怖さえ感じます。
主人の命令と武悪との友情の間で揺れ動く太郎冠者の心境の表現は、
狂言というよりも、歌舞伎などの演劇的要素が非常に強いです。
多くの狂言は、話の筋は簡単ですが、この武悪という狂言は展開に富み、
人間の内面をするどく映しています。これほど生死を賭ける場面は
他の狂言には見られません。その張り詰めた緊張感が、
幽霊武悪の登場で一気に和み、笑いの渦が広がってゆきます。
そのため、演者にとっては非常に難しく、また、やりがいの
ある狂言です。多くの狂言方が好きな狂言として本曲をあげていることからも、
この曲のすばらしさがわかります。
この狂言で一番演じるのが楽なのが、実はシテである武悪なのです。
武悪はキャラクターが確立されているので、それにそって演じれば
良いのです。一方、一番軽い役の太郎冠者は、話を進ませる
重要な役割を担っているだけでなく、
主人と武悪の間をさまよう役割を担っており、
太郎冠者の出来次第で、全体の出来が大きく左右されます。
主人は感情の起伏が激しく、最初の「誰そ、居るかやい」という
一言で、この狂言の雰囲気を作らなければならないので、
これまたとても大変です。
本曲が大名狂言に分類されている事からも分かるとおり、
本来は主人がシテであるようです。現在では三人シテと言われる事もあります。
それほど、どの役も難しいという事です。
三人の役者の力量が揃ってこそ、真の武悪が完成します。
しかし、あまり力を入れすぎると、狂言を通り越して、普通の演劇になってしまいます。
演劇になってしまってはいけませんが、
それほど台本が優れており、見る側に訴えかけるものがあるのです。
古い台本には名前が見られませんし、「情」というものが前面に
押し出されている事から、江戸時代に作られたと考えられています。
また、裏設定として、武悪は主人に黙って新しい田んぼを作っていたようです。
これは下人である武悪には許されていない行為で、
それ主人に伝わり、主人の怒りを買ったという話もあります。
何にもせよ、見ごたえ十分の狂言です。
鳥辺野と幽霊の関係については京都狂言散歩で解説します。
文:佐渡のきつね
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