
分 類:出家座頭狂言 仏師物
登場人物:すっぱ(シテ)、田舎者
あらすじ
持仏堂(じぶつどう)を建立した田舎者(でんじゃもの)がそこに安置する仏像を求めて都に上る。すっぱが「私こそ仏師だ」と偽って田舎者に近づき、自分と等身大の吉祥天女(きちじょてんにょ)の像を明日の今自分に五条の因幡堂で渡そうと約束する。
すっぱは自ら仏像になりすます。田舎者は印相(いんぞう:仏像の印を結んだ形)が気に入らないので仏師を呼ぶ。すっぱが印相を変えて再び仏像になりすますが、田舎者はまた気に入らず仏師を呼び、印相の変更を求める。すっぱが仏師になったり、仏像になったりと繰り返しているうちに見破られる。
みどころ
やはり、一番のお楽しみは、因幡堂での仏師による仏像(吉祥天)への変身シーンでしょう。しかも、最初の『合掌仏』『おねだり仏』『突き倒し仏』までは決まったポーズ(≒印相)で立っていますが、その後のポーズは、演者の好きなように幾つか演じられて行きます。
大抵は、立ち姿、座り姿、寝姿二つずつという風に、バランス良く組み立てていきますが、よくあるパターンで、片足で、まさしくイヤミの「しぇー」ポーズを取る人も結構います。が、大抵の場合ぐらつちゃっているんですよね、田舎者がその仏像を見ている時に・・なんで、ばれへんのやろ。その時だけ、敢えて田舎者が、揺れている仏像(に化けた仏師)をじっと見つめて間を空けてから、「エーェ、気に入らぬ、気に入らぬ」と言ったら、ドワッと受けるのではないだろうか、と素人ながら思っちゃうんですけど。
一方相手役の田舎者も、当然重要な役割を担ってきます。「仏!仏!」「仏師!仏師!」と、仏師←→仏像の変身を促す場面の面白みは、当然このセリフの強さとタイミングにかかって来ると思います。実はそんなに動くスピードは変わっていないのに、「この度は早う廻りまするぞ」というセリフ同様、早く動いているように見せるためには、セリフ面での操作が特に関わってくると思うのです。
狂言の乙(おと)の面と、吉祥天という仏像の組み合わせは、とてもマッチしていると思います。
にせ仏師が、はじめから僧形で登場(→一番、仏像に変身しやすい格好)してしまう、「エー加減な(僕には、最高の誉め言葉に思える)」所は、狂言の笑劇たる所以でしょうか。もう気にならなくなってしまいましたが。
文:湯田拓也
公演情報