靱猿(うつぼざる)

 

分  類:大名狂言 大名物

登場人物:大名(シテ)、太郎冠者、猿曳き、猿


 あらすじ

 太郎冠者を伴って狩りに出かけた大名は道で猿を連れた猿曳きに出会う。前々から靱(矢を入れて携行する筒状の道具)に猿皮をかけたいと思っていた大名は、猿曳きに猿を譲れと言う。猿曳きは断るが、弓矢で脅すのでやむなく承知する。猿曳きは猿を引き寄せ、因果を含めて打杖で殺そうとするが、無邪気な猿はその杖を取って船の艪を押す芸をする。そのいじらしさを見た猿曳きが殺しかねて泣き出すと、大名も哀れと思い命を助ける。猿曳きは喜んで、お礼に猿に舞を舞わせる。機嫌をよくした大名は褒美に扇や小刀、衣服までを与え、自ら猿の仕種を真似て興ずる。

 みどころ

 「靱猿」の靱とは、前述致しましたように、矢を入れて背負う道具のことで、中世においては猿皮をかけた靱が当時の伊達者の間で流行していました。元々「靱猿」はその猿皮靱の流行と、大道芸人ではあるが、寿ぎの祝言職としてそれぞれの旦那衆を持っていた猿曳きをからませてできた狂言です。
 「靱猿」は現行曲中でも最もよく出来た狂言の一つといわれています。前段は猿を譲れという無法な大名と、毅然とした態度の猿曳きとの緊迫したやりとり、中段は力なく大名の命に従う猿曳きの猿への愛情と愁嘆、そして後段はかわいい猿の舞ぶりと、それを真似る大名のおおらかな稚気へと変化し、劇的な盛り上がりとめでたい気分を漂わせた祝言的な結末が程よく調和した秀作です。大名、猿曳き、太郎冠者の三人の性格や心理もしっかりと描かれており、それらを表現しなければならない演者の力量が試されます。
 しかし、この三人だけでは「靱猿」は成立しません。忘れてはならないもう一つの役が猿です。猿の役は子供が演じ、猿の面をつけさせ、ぬいぐるみを着せて可愛く仕立てます。毛繕いをしたり、四つんばいで這い回ったりと、曲中であどけない仕種を見せる猿の姿も大きな見所です。
 狂言の世界には「猿にはじまり狐に終わる」という言葉があります。これは狂言師の修行課程を表したもので、「靱猿」の猿役で初舞台を踏んだ狂言師が、「釣狐」という狂言の狐役を演じて初めて一人前になるという意味です。ここでは「釣狐」についての説明は割愛させていただきますが、「猿にはじまり」といっても「靱猿」の猿役はなかなかの大役なのです。台詞こそありませんが、他の三人とのタイミングを図って「きゃっ」と鳴いたり、大名と猿曳きとのからみのきっかけも掴まなければなりません。また複雑な動きや舞も多く含まれています。子供が演じるとはいえ、狂言全体の進行の鍵をも握る大変難しい役なのです。本日はこの猿役をOB会伊呂波会所属の吉田健太郎君に演じてもらいます。
 さて、この狂言の後段では猿歌という歌謡に合わせて猿と大名が一緒に舞い遊びます。「ハァ、猿が参りて此方の御知行、真猿目出度う能仕る…」で始まる猿歌は、現在「室町小歌」と称せられる歌謡をいくつも組み合わせて出来ており、その多くが中世末期から近世初期にかけて世上で流行していたものです。どれも曲節はほとんど同じで、中には民謡として各地に伝わっているものも少なくありません。差し替えや付け足しが容易なこともあり、その時々の流行歌が取り入れられて中身は時代によって変化していたようです。ただ、猿歌の基本となる部分は存在し、それは馬屋の祝言歌となっています。これは猿が馬を病気から守る動物だと信じられており、猿曳きは古来馬屋安全の祈祷をする存在だったことが関係しています。歌中にも「駒」という言葉が何度か出てくるので注意して聞いてみて下さい。
 猿歌は舞台後方に座る地謡役が謡います。明るい笑いと、一座和合のめでたい雰囲気のもと、曲の最後をにぎやかに締めくくります。
 

〜平成12年 能と狂言の会パンフレット(木村公太 記)より〜

 単語帳

猿(まし)…猿の別の呼び方。猿を「さる」と呼ぶと、「去る(さる)」に通じることから、猿曳きはマシと呼ぶようである。
能猿(のうざる)…芸のできる猿。

 公演情報

 


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