『二人袴』の不可思議

                  木村正雄

 『二人袴』という狂言は不可思議な小道具を 用いて組み立てられている。兄が弟の聟入りに 連れ立っていくのは、構成上の事で問題は無い が、当然、晴れの行事であるから、素襖上下か 長袴上下で出掛けねばならない。長袴の下だけ を持って、すんなりと出掛ける現在の「大蔵流」 の小道具設定は大変な無理があると思われる。

 「大蔵流」古本の、寛永一九(一六四二)年 書写の「虎明本」を見ると、

「初めじゃ程に、裃をは着せたらば良かろう が、下はあれども上がなひ、今から借りに 遣っても遅からふず、それも大事なひ、下 ばかり着せてやろふ」

と言う台詞があって、下を聟の腰に付けさせ る。台詞で説明はしているが、これで小道具設 定の無理が解決しているとは思われない。

 「和泉流」古本と思われる、寛永年間(一六 二四〜四三)に記載されたらしい「天理本」に は、「袴の無き由ヲ云/俄に何ともなるまひ程 に、舅の近所まで往て、某が袴を着せうト云テ」 とある。こちらの方がわざとらしく無くて良 い。

 「狂言記」の『相合袴』では、両人が舅の前 に出る時になって「袴をも一つ持って呉ば良 い/是さへやうやうと借って参りました」と あって、設定としては素直に理解できる。が、 これらは総て、長裃の上の方の処理を舞台で どの様にするのかが疑問である。
 日本古典全書に翻刻された、安政二(一八 五五)年奥書の鷺流の「賢通本」には、

「イャ、ゆく程にこれじゃ。さあさあ袴を 着さしませ。/やあやあ袴。/中々。/聟 入りに袴が要る物で御座るか。/……聟入 りに袴を着いで、いつ着る物でおりゃる。 /私は要らぬ物じゃと存じて、宿に置いて 参って御座る。それならば取って参りま しょう。/……今取りにいて、何と間に合 ふ物か。……/それならば、これを貸さう 程に、この袴を着てあれへ出さしめ」

とある。時代が少し下がった分だけ、無理な く進行しているが、矢張り、長裃の上の処理 が疑問である。

 文政一○(一八二七)年の、大蔵虎光著の 『狂言不審紙』には「此狂言詞之通り、別に不 審なし」と書かれて、問題にもしていない。  更に、和泉や鷺の演出では、兄が初めから 股のない裂き袴を着用して出ねばならず、歩 行が不自由である。袴を割いて身体の前に当 て、袴を着用して居るかの如く見せる所にこ の狂言の面白さがあるため、少々の演技の困 難さは押し切ってしまったのであろうか。

 ところで、『二人袴』の台詞の中に、袴が裂 けたのを互いに見て、「袴が二つになりました。 これが正身の二人袴という物じや」と言って 笑う所がある。これも意味不明の台詞である。 小学館の『日本国語大辞典』の「ふたりあい」 の項に「二人が共同で用いる事。相合。」と言 うのがある。二人袴というのは、「二人が共同 で用いる袴」の意であろう。それも舅の前に出 る時、交互に一つの袴を共同で用いる事では 無く、同時に一つの袴を二人が共同で用いる 事と考えねばならない。

 天正六(一五七八)年の奥書を持つ「天正本」 の『袴裂き』では、

「一人出て舅入りする。太郎冠者出合。舅は 袴持たず。太郎冠者として半替りに着る。 後は袴を引き裂きて、二人して着る。さて 酒盛する。聟立ちて舞。舅と太郎冠者と、後 ろと後ろとを合て舞。聟不審して押分見 る。舅逃ぐる。聟手を打て笑ふう。留め」

とある。袴の無いのが、聟と舅と入れ替わって いるが、これが「正身の二人袴」なのであろう。 これは演技が相当に難しい上、舞台上での見 場も悪い。和泉流の『松楪』は、一つの烏帽子 を三方に載せて、二人が左右からこの三方を 持ち、右半分と左半分とを、それぞれが担当し て舞を舞う。これも難しいが、これは並んで演 技できるので、面白さがある。前後では滑稽で はあるが、演技的には更に難しい。

 兄弟が袴を裂いて前に当て、後ろを見られ ぬ様に演出したのは、舞台としては面白く なったが、「二人袴」とは違った『二人袴』が 出来上がった事になる。

 題名を「天正本」の様に、『袴裂き』とした 方が良いのではないか。


註一、「聟入り」と言うのは、招婿婚で夫が結婚後 初めて妻の生家を訪問する事。 「舅礼」と言って、今も結婚して三年目の正 月になると、嫁の里へ初礼に行かねばならない とか、又新婚の夫婦が正月に嫁の里へ年始に行 くという所もある。

註二、この狂言は、親子でするのが普通であるが 出演者の年齢が近い場合には、兄弟ででもす る。大蔵流だけが、「弁慶の人形」や「犬の子 ろ」「饅頭」等の話を出して幼稚な子供にして あるが、この聟は、結婚もしている一人前の 大人であり、舞の中での才覚も優れている。殊 更、幼稚とか愚か者にする必要は無いのでは ないか。

註三、本来「祝言物」であったらしく、舅が聟の、 太郎冠者が兄の袴の裾を持って舞台を一巡し、 「シャギリ留め」と言う演出もあった。

平成九年 京都大学能と狂言の会パンフレット


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