『止動方角』の馬

                  木村正雄

大蔵流の狂言の中に登場して来る動物の数は、軟体・環形・節足・脊椎の各動物門で、百二十二種類にも及ぶ。しかし、その殆どが台詞の中に現れて来る動物で、舞台上に姿を現すのはわずかに、牛・馬・犬・狐・狸・猿・雁・蛸・蟹・蚊・の十種に過ぎない。

蛸・蟹・蚊を除いては、総て脊椎動物門であり、その中でも両生類や爬虫類は姿を現さない。これは百二十二種の台詞に現れる動物にも言える事で、鰐・蛙・亀・蛇のみである。

 この事は、演劇として舞台の上に動物を登場させる事の困難さを表している。物語を舞台上で進行させて行くために、登場者はそれぞれ軽重はあるけれども、必要なのである。役者が舞台の上から観客席の知り合いに手を振れないのと同じく、馬は勝手に嘶いてはいけないのである。自然、本物では無く、役者に馬の扮装をさせて登場させる事になる。これは重要な事であって、舞台上で猿や犬のみを見せるのであれば、本物で無ければならない。猿や犬のみを見せるので無ければ、本物であってはならないのである。この論法ですれば、子方は子供が必要であるから登場しなければならないのであって、役柄の軽重によって子方を出すのは、演劇的で無いと言える。男・女の場合も、男に勝る女か、女に勝る男の外は、男は男、女は女が演じなければなrなくなる。

さて話を戻して、狂言では舞台に登場する動物の扱いをどの様にしているのであろうか。最も簡単なのは、能と同様に「物の精」として登場させる事である。『蟹山伏』の蟹や、『蚊相撲』の蚊、『蛸』の蛸はそれぞれの精として舞台に現れる。蛸はこの狂言では中心的役割を果す役柄であり、蚊は観客の興味の的になる役柄であり、蟹は傲慢なだけの法印の化けの皮を剥ぐ重要な役柄である。ただ、「物の精」にしなければならなかったのは、これらを具象化する縫いぐるみが無いからであって、その意味から言えば、かつて善竹弥五郎師が自らの頭の上に蛸の胴を置き、八本の足を体の周りに膝元まで垂らした異形な姿で『蛸』を演ぜられたのは、蛸の縫いぐるみに外ならない一つの工夫であったし、「物の精」よりは、狂言的な演出だといえよう。

 この縫いぐるみによる動物が狂言に登場する物は、今日の『止動方角』の馬の外、『横座』の牛、『犬山伏』の犬、『釣狐』の狐、『狸腹鼓』の狸、『靭猿』『猿座頭』の猿である。これらは狐・狸がそれぞれの狂言の中心的役割を演ずる動物であると同時に、他の動物も具象として舞台の上に登場しなければ、物語の進展上、支障をきたすものばかりである。馬は乗馬の態と、主人を振り落すために、牛は一啼きのために重要であり、犬は勝負の判定のための吠えとじゃれとが必要であり、猿は『靭猿』では舞を舞い、『猿座頭』では女と入れ替わり座頭を引っ掻きに行く。

これらの動物が舞台上で、それぞれの演技をしない限り、それぞれの狂言は終焉しないのである。狂言でよく使う、そこに存在しているつもりでも、他の物に依って代行させるにしても、この役柄は果すことが出来ない。それらは観客に具体的に説明するためには、不可欠の演技であり、演技者である。だが、『釣狐』『狸腹鼓』では成功するこの縫いぐるみの方法も、他の狂言では観客が舞台より一歩退いて、拝見してしまう欠点がある。それならば、どうあれば良いのか。この縫いぐるみの演技をを必要としない動物が舞台上に登場するものとして、『牛馬』の牛と馬、『鴈礫』の雁とがある。『牛馬』では、杖竹の上部に白垂れを付け、晒し六尺を手綱に巻いたものを「馬」とし、同じく杖竹に黒垂れを付け、晒し六尺を縄に綯うで手綱に巻いたものを「牛」とする。この牛も馬も狂言の物語上は舞台の上に登場している事が必要だが、演技をしないため、縫いぐるみの牛・馬を出す必要がない。『鴈礫』の雁の場合も同様で、烏帽子を後見が目付柱際に置くだけで、それは野に舞い降りた雁になる。勿論、この雁は大名に弓矢で狙われる対象にはなるが、雁そのものが演技をする訳では無い。『雲雀山』の間狂言で、鷹の剥製を投げる場合があるが、これは意味の無い具象であるといわねばならない。山本東次郎家では、この場合も烏帽子を使用する。和泉流は概して狂言が説明的であるが、『隠狸』で皮で造った人形風の狸を使用するのも、この鷹の場合と同断である。あるものとして、ある空間を象徴的に占めているだけで、観客が想像力を働かせて呉れる助けとする。これが大切なのであって、説明を多くする事で、観客の理解を深めようする考え方は、観客に媚を売っている事になるが、決して、観客と一緒に舞台を創っていることにはならない。

 縫いぐるみの動物の演技も、やむを得ず登場したという事を理解して、観客の受けをはかる余り、演技過剰になり、説明的になってしまう事を、厳に慎まなければならない。

(六・八・十三)


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